単なる暇人?

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<<   作成日時 : 2009/11/13 22:20   >>

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平成21年11月1日(日)から11月10日(火)までの10日間、御即位20年記念京都御所特別公開があったので、京都まで日帰り旅行に行きました。ついでに、等持院と妙心寺にも行きましたので、写真アップと感想を述べます。

(1)京都御所
 なかなか一般公開されない御所に行きたくて堪らない日々を送っていたが、10日間だけ公開されるとの朗報を聞き、急いで京都に行きました。行ったのは平日にもかかわらず大勢の人々が・・・やっぱり仕方ないかと思いつつ御所に入場した。まあ、入場料はタダであるが、普段の税金分を考慮すると当たり前かな。しかしながら、御所は敷地が広く門構えも立派だ。ということで、一枚目の写真は建礼門を・・

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     Photo.1 建礼門(御所に入場せずに見れます)

御所内は建物内には入れず、外から眺めるだけだが、意外にも建物内の様子を見れるように工夫してあった。屏風とかマネキンがたくさん展示されていた。京都の観光寺にも、ちょいとこの精神を見習ってほしい。なんで、建物内の写真撮影禁止なんだと憤りたくなる。

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     Photo.2 虎の描かれた屏風

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     Photo.3 マネキン

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     Photo.4 松の屏風

さてさて、京都御所内の一番重要な建造物は紫辰殿だと思う。天皇の玉座があるのかな。やはり、立派な造りとなっており、大勢の人が写真を撮っている。一方、ちょいと外れにあった倉庫(大正時代に建設された)は、全然人気がない。私的には結構気に入ったのだが、人でごった返していた御所内で唯一写真撮影が容易だった。

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     Photo.5 紫辰殿

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     Photo.6 全く人気がない春興殿

さて、京都御所は建物ばかりでなく、庭園も素晴らしいので、たくさん写真を撮った。しかしながら、写真と己の目で見た風景がどうも一致しない。理由は、写真の出来栄えが悪いからだ。撮った瞬間は、いい風景が撮れた、構図がばっちりだと思う。だが、後々見ると酷い有様である。やはり、一眼レフを購入して、写真を本格的にやった方が良いのではないかと思ってしまう。御所内には高価な一眼レフを携えたマニアが異常に多かった。それを見ると、普通のデジカメに己の目の代わりを頼むのが不可能なことだと気づかされる。やはり、カメラにも人の目と同様に調整が必要なのだ、本当に見たい景色を画像にするには・・・

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     Photo.7 庭園

京都御所の見学を終えるあたりから、雨が降ってきた。この日は、異常に寒い上に、この仕打ちだ、本当に凍死しかけた。しかも、この日は夜勤明けで京都まで来ているのだ。さらに、飛び乗った電車が混んでいて、大阪駅まで立ちっぱなしだった。不運なことは続くものだと思いつつも、次の目的地の等持院へと向かった。運がいいことに雨は止んだのだが・・・

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     Photo.8 突然の雨

(2)等持院
等持院は、立命館大学の裏の方にあるお寺だ。あんま有名でないのだが、有名な寺を回りつくした私に選択権はない。残念ながら、見所はそれほど無かった。一時期、止んでいた雨がまた降り始めて、また凍えそうになった。

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     Photo.9 雨がまた降って来た!

15分も経たずして、寺の見学を終え、次の目的地である。妙心寺へと向かう。だが、地図など持っていない。南の方向にあるはずなので、適当に南下する。滅茶苦茶寒い、道がクネクネして分かりにくい。しかも、単なる周りは住宅街で観光の要素が一つも無い。これが本当の京都の姿だと実感する。しかしながら、このような散歩こそが、観光の一番の醍醐味かもしれない。観光地では、大勢の人が見たいものばかり強調され、それに一途に感動する。そこに個人的な美学を見出すのは難しい。だが、ツマラナイ散歩は、大勢の人々が振り向かないモノに価値を見出せるチャンスである。だからこそ、多様的な価値を生む絶好な機会である。ただし、あまりにも自分の身近な場所だと、見慣れすぎて、退屈するのだが・・・

(3)妙心寺
 京都における最も大規模な禅寺らしい。また、半年くらい前、日本各地で妙心寺の寺宝の展覧会が開催され、大変高評だったらしい。それならば、お寺も素晴らしいはず、展示物も素晴らしいと期待していた。だが、現実は異なった。確かにお寺の規模は半端ではない。幾つもの小規模なお寺が無数に存在し、それらを束ねる法堂なども大きい。だが、見学できる箇所が少ない。もうちょいと一般公開した方が良いと思われる。

 まあ、数少ない見学場所である、法堂・天井の雲龍図と浴室へと入場することにした。さて、この見学ツアーでは、尼さん?がガイドをして頂けるのだが、どうもこのガイドさんが私を不愉快にさせたわけである。まあ、雲龍図はまあ寺の規模と同じく規模は京都一位だとか。確かに素晴らしいが、ガイドがやたらと、このお寺の由来はなんやらと15分以上延々と話し続けるわけである。お客と対話するわけでなく、完全に自分のペースだ。しかも、仏教信者には珍しく、やたらと妙心寺は天皇が建造した由緒あるお寺だと、延々と自慢話をするわけである。やっぱり、宗教信者は肯定観念に一般人よりも捕らわれているのかなと思わされた。

 次に、第二の見学場所である浴室へと向かった。浴室までの移動中にもガイドさんが、室町時代はお風呂に入れるのは特権階級だであり、遊び惚けた金持ちの息子は放蕩と呼ばれたなどと、やたらと薀蓄を垂れる。また、ガイドさんは、坊主が風呂に入るのは金持ちとは異なり、修行の為だと言われた。なぜなら、坊主は仏前では体を清浄にする戒律があるらしい。しかしながら、このガイドの話には矛盾が生じていると私は気づいた。
 このお寺をお参りする一般庶民は勿論ながら風呂になど入れない。その一般庶民が仏前にてお参りをしてよろしいのであろうかと。まあ、この事実をガイドに言ったら、確実に睨まれると思ったので、心の中に閉まったが。結局、坊主は、修行と称して風呂に入りたかったのでなかろうか。確かに音を立てて入浴するなという厳しい戒律は存在したらしいのだが。大乗仏教の布教者であれば、一般庶民の生活を第一に考え、当時高価だった薪を大量に使用しないと思うのだが。彼らも、戒律と称して、風呂に入ることで一般庶民の目線から離れたのでなかろうか。

 さて、第二の見学場所である浴室に到着した。浴室だから、当然ながらそこまで広くはない。従って、見学箇所も少ないので、すぐに倦怠感が積もってきた見学ツアーから直に開放されると思っていたが、世の中、そこまで甘くない。ガイドさんは、今度はなんと織田信長のネタを持ち出してきたのである。んで、このお寺、信長から焼き討ちにされた延暦寺ではない。なぜ、織田信長への恨み節を語るかというと、明智光秀と少々つながりがあるらしいからである。そのガイドさん曰く、お寺側は全くの無抵抗で信長が残虐な行為を一方的に働いたと主張されていた。さて、それはそれは本当の話であろうか?
 仏教宗派の一つである本願寺は、寺とは言い難い要塞を大阪に築き、戦国武将(軍隊を有する)の信長と戦っていた。当時の仏教宗派は明らかに武装集団であろう。平和な団体とはとても思えない(今の左翼の様だ)。昔の仏教宗派は寺社領を有し、農民から年貢を徴収していたのである(だと思う)。彼らは、宗教により権力を得た、紛れも無い搾取側の人間だったのである。だからこそ、信長の目の敵とされ、攻め滅ぼされたのではないだろうかと、心の中で思いつつ、ガイドの長い説明が終わるのをヒタスラ耐えた。

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      Photo.10 妙心寺

 やっと開放された私は家路へと急ぐ、上半身に纏った2枚の衣服が防寒の意味を忘れつつある。凍えながらも、北風舞い込むプラットホームにて電車を待つ。ようやく、暖房のある部屋が目の前へと現れる。ふと車窓を眺めると、薄暗い空の下に虹が目に飛び込む。こんな、街中で虹を見るのは始めてだ、そして7つの色の存在に気付く。写真を撮ろうか迷うが、現像すれば、後々の感動は興ざめたもになるであろう。これが今日一番の風景かな・・・

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